財団機関誌 季刊 wa

[インタビューズ]
福岡の温度を上昇させるアーチストたち

森本哲郎◎能楽師


『道成寺』を披(ひら)

「演じる直前に能面をつける、
 その瞬間に役に
 なりきっていくのです」


 「披く」とは能楽師がある演目を初めて演ずることをいう。能楽師・森本哲郎さんは、故父・森本司郎氏の三回忌追善能で『道成寺』を披くこととなった。『道成寺』という演目を披くことは能楽師の修行の課程で今までの修業の集大成、あるいは卒業試験などと言われ、格別な意味あいを持っている。『道成寺』といえば大きな鐘を舞台に吊り下げ、その鐘に飛び込んでいくという〈鐘入り〉の演出が有名で、かなり難易度の高い演技と考えてしまうが、実際に時間をかけて稽古を積むのは〈鐘入り〉ではない。

 「稽古の8割は乱拍子なんです。30分間ひとりで舞い続ける、きわめて静かなものです。舞うほうもしんどいのですが、お客さんへも極度に集中力を要求される場面なのではないでしょうか」ちょうど、ラヴェルの「ボレロ」を思いおこしてみるといいかもしれない。同じモチーフがくりかえし、くりかえし演奏され、聴衆のほうも、もう限界だというタイミングで曲想が急展開する。「道成寺」も〈乱拍子〉のあと、劇的に変化する。

 「極めて静かな乱拍子が30分間続き、早業のような舞いに変わり、気分を高めてその頂点で鐘入りとなるので、鐘入りのダイナミックな所作がひきたつわけです」。森本さんは『道成寺』の演出の妙を語る。

 「演能中は、わずかな気のゆるみも許されません。だから2時間ずうっと集中力が発揮されなくてはいけないんです。その集中力の高まりは、能面をつけた時から始まるのだと思います。衣裳を完璧につけ、鏡の前に座り、演じる直前に能面をつけるんです。その瞬間に役になりきらなくちゃいけないのです」

 能面をつけると視野は圧倒的に狭くなるという。足下はほとんど見えないので目付柱を見当にして舞う。『道成寺』のように緩急が激しく、しかも〈鐘入り〉のような極めつけの演出がある曲では、とりわけ集中力が要求される。『道成寺』が能楽師の修業の集大成といわれるゆえんがここにあるのかもしれない。

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photo by TAKEI HIDENORI

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もりもと てつろう
福岡市生まれ。
観世流能楽師・準職分。福岡市中央区警固で森本能舞台を主宰。亡父・森本司郎氏(重要無形文化財保持者)の教えを受け、18歳で大阪の山本勝一氏に師事、7年間の修業後、独立。定期公演のほか能舞台以外でも公演を行い広く能楽を普及する活動に取り組む。9月に由布院の夜能、12月に西鉄ホール能などが予定されている。 (お問合せ/森本能舞台 TEL092-711-8888)

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