財団機関誌 季刊 wa
[アジ美通信]
アマンダ・ヘンのトリエンナーレ

半径1メートルのコミュニケーション

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photo by TAKEI HIDENORI
福岡トリエンナーレの5月の交流イベントに参加するためにアマンダ・ヘン(シンガポール)が福岡を訪れた。
3週間あまりの滞在期間中、自らのパフォーマンスやアーティスト・トークだけではなく、精力的に周囲の人々との交流を続けた。それは、半径1メートルのコミュニケーションの輪、等身大のコミュニケーションのかたちだった。
写真 川端商店街(福岡市博多区)で行われた「おしゃべりしましょう」。
日本語も少し話せるアマンダは、同席した人々と英語と日本語のミックスした会話を楽しんでいた

もやしの親和力

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トリエンナーレで交流を深めた作家たちと
 アマンダ・ヘンの「トリエンナーレ」は、もやしづくりから始まった。ワークショップの準備をするアーティストの大半が、朝の10時すぎにアーティストスタジオに現れるのに対し、彼女はいつも1時間は早くスタジオ入りしていた。もやしの発芽を確かめ、水を替え、温度管理をするためだ。もやしとアートにどんな関係があるのだろう。テーブルにドサッと置かれたもやしの山。そのひげをひとつひとつ取りながらのたわいないおしゃべり。彼女がいつも見ていた母親の日常的な生活シーンなのだという。

 「シンガポールでは中国系の人はもちろんのこと、マレー系やインド系の人たちも、みんなもやしを好んで食べます。そして、もやしの山を見るとみんなにやっとするんです。小さい頃、ひげ取りを手伝わされるのがいやでいやで逃げ回っていたと(笑)。もやしは、そうした共通の体験を呼び覚ます野菜なのです」

 会期中には、もやしの親和力に誘われ、たくさんの観客が彼女の作品『おしゃべりしましょう』で、井戸端会議を楽しんだ。なかでも印象的だったのは、川端商店街にテーブルを持ち込んで行ったパフォーマンスである。美術館内でのパフォーマンスとは違い、道行く人はアートにあまり関心のない人ばかりである。そこで、まずは椅子に座ってもらうように説得することから始めなければならなかった。

 「“アートって何なの?”という挑戦的な質問をする人もいました。私は言いました。このテーブルはそんなアカデミックな場ではなく、日常的なことの中に小さなしあわせを見つける場なんですよと。私はみんなでおしゃべりすることの楽しさを、わかってもらえるような機会とスペースを提供したいんです、と」

『もうひとりの女』の前で出会う二人の女性

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トリエンナーレの展示作品「もうひとりの女」の前でアマンダ・ヘンに観客が話しかけきた…
 第1回福岡トリエンナーレのテーマは、『コミュニケーション〜希望への回路』である。“アジア美術に内在している新たなコミュニケーションの回路を創造する”のが焦点だが、それは作品と観客のみならず、作家と作家、作品と作品、それぞれの発する熱を伝導させたのではないだろうか。

 会期も終わりに近づいたある日、彼女にトリエンナーレの展示作品をいっしょに見てもらえないかとお願いした。入口近くには、彼女の作品『もうひとりの女』が展示されている。その前で、観客の女性が彼女に問いかけてきた。
 「母と娘が抱き合っているこの写真は、対立していた母親と娘との和解をテーマにしているのですか」
 「対立していたわけではありません。ただ、母と娘ではなく、一人の女性として、一人の人間として、コミュニケーションを深めるためのパフォーマンスです」
 語り合うふたりの女性の間には、作家と観客という関係を超えたきずなが生まれているように感じられた。

 トリエンナーレで、アマンダ・ヘンはその作品やパフォーマンスを通じて、失いかけているようで、いとおしい半径1メートルのコミュニケーションのかたちを示唆してくれた。もちろん彼女自身もトリエンナーレでのさまざまなコミュニケーションを通じて、次の作品への大きな収穫を得られたに違いない。
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