財団機関誌 季刊 wa
[常設展の魅力再発見/福岡市博物館]
金印

謎に満ちた金印の履歴書写真
金印 
(福岡市博物館蔵)

 「漢委奴国王」と刻まれた国宝金印を初めて目にした人は、そのあまりの小ささに拍子抜けするのではないだろうか。蛇の形をした鈕(つまみ)の部分を含む総高が2.236cm 、印面わずか2.347cm角。しかし成分は金95%、重さ108.729gと、さすがに重厚さを備えている。

 「手の中サイズの国宝」の代表格、この金印には非常に謎が多い。金印の出土例に蛇鈕がほとんどなかったことから、かつては真贋論争もあった。1956(昭和31)年、中国雲南省で発見された「〓王印」が蛇鈕印だったことで、偽物説こそは消えたが、印面の「委奴」の読み方、金印の発見者、発見場所、なぜ志賀島から出土したのかなど、今だに結論は出ない。金印は、当時の黒田藩の儒学者・亀井南冥に鑑定され、黒田藩の庫に収蔵された。

 1872(明治5)年、文部省博物局による「湯島聖堂博覧会」開催の時、黒田家から金印が出品されたようである。というのも「出品目録草稿」にはあるが、展示された確かな証拠が見あたらない。この博覧会は、1873年のウィーン万博への出品資料収集という目的もあったが、万博は各国の文物展示の場、かつ自国製品の売り込みの場でもあった。

 1877年ごろからは全国に県立博物館が設立されたが、産業発展や貿易振興に重点が置かれ、物産陳列所と化した。そんな場では、金印を展示するわけがない。

 金印が本当に福岡市民に公開されたのは、1964(昭和39)年10月、福岡県文化会館の開館記念展でのことだ。そして15年後の1979(昭和54)年から福岡市美術館、平成2年からは福岡市博物館に永久保存されることになった。

 金印は今や「いけばいつでも見られる」数少ない国宝の一つ。紫の綬(ふさ)こそ失われたが、時を超えた今も燦然と、黄金の輝きを放つ。
写真
「金印弁」
亀井南冥著
(福岡市博物館蔵)
1784年に発見された金印の実証的研究。蛇鈕を用いた理由について「されば漢より本朝を東夷と立て〓鈕同様の主意にて、蛇鈕を用いたるべし」という見解を示している

福岡市博物館所蔵
著作権保持者に無断での
転載・二次使用を禁じます

 
<<目次に戻る
<<トップページ
Copyright 1999 Fukuoka City Foundation for Arts and Cultural Promotion.