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木村さんは19歳の時、父親に黙って劇団を抜け出し、吉本新喜劇へ身を投じた。
父はものすごく憤慨していたそうです。ただ、当時のぼくは“親の七光り”という言葉が気になって仕方なかった。自分の力だけで勝負したかった。吉本では7回も門前払いを食らいました。8回目に淡海劇団で培った踊りやチャンバラをやって見せたら、相手の人が支配人を呼びに行って「こいつ、使えまっせ」と言ってくれました。
病気になった先輩の代役を足がかりに、木村さんは新天地でも徐々に頭角を現していった。コンビを組んだ間寛平とのドツキ合いに、観客席は沸いた。23歳にして吉本新喜劇の座長というスピード出世だった。
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