財団機関誌 季刊 wa
[インタビュー]ピアニスト 佐藤美香
 
 ピアノを習っている姉の影響で、ピアノを習いはじめたのは4歳からです。最近になって、子ども時代の日記を見つけて読んでみると、「練習がいやだ」とよく書いてあったぐらいですから、練習好きではなかったようです。
 小学校の5年生になって、新しいピアノの先生に指導を受けるようになり、タッチによってさまざまな音色が奏でられるし、単なる強弱だけではなく、よく歌わせることもできることが分かってきたんです。この先生に出会ったこともピアノを続ける大きな支えになっているんです。
 
 始めのうちは、レッスンで「もっと歌いなさい」と言われてなんのことかよく分からず、実際に声を出して歌うのかなと思ったりもしました。長い間、一つの曲を弾いていると、作曲家の気持ちに私の気持ちがぴったり寄り添った演奏ができるんです。それが歌うことかなと思います。
 いわば作曲家は、曲という手紙を書いているのだと解釈しています。私がピアノを演奏することは、その手紙の気持ちを自分の体を通して蘇らせていることなんじゃないかなと思います。
 気持ちがぴつたり寄り添い、私の体を通して作曲家が生き返っているような演奏がしたいと常々思っているのですが、なかなか難しいことです。演奏家というのは、考古学者のような緻密な仕事のような気もしますし、一方で第六感のようなものを働かせ、想像力を飛躍させるようなことも必要だと思います。
 
 一貫してある作曲家が好きだということはなくて、その時期によって違います。今は、シューマンを勉強しています。シューマンは精神状態がありありと曲に表れているところがあるんです。普通、感情の変化が徐々に曲に反映していくプロセスがありますが、シューマンは気持ちの変化が突然起きるんです。それがまた、2、3小節で突然終わる。シューマンは精神を病んでいたといわれていますが、それが曲にもありありと出ているんです。音楽的には、とんでもなく魅力的なところがありますが、ずっとつきあっていると精神的に疲れてきます。
 次は、バッハもしばらく勉強したいと思っています。バッハを弾く時は、いつもとは頭の違う部分を使って演奏しているような感じなんです。なにか建築物を組み立てていくとか、機械的という意味ではないのですが、音楽に数学的な要素があるような気がします。
 
 受賞歴については、そのことを人に聴かれるまで私自身は全然忘れてしまっています。だから、受賞したこと自体は、あんまり自信にはなっていない気がします。かえって受賞すると、背負っていかなくてはいけない責任が大きくなったという感じで、それに恥じない演奏をしなちゃいけないという気分になってくるんです。
 本当に自分が100%満足できる演奏というのは、滅多にありません。何年かに一度ぐらい、自分が弾いているという意識が無く演奏している。演奏しながら、なにかを越えてしまって、自分がいつもと違う世界にいると感じる時があるんですよ。演奏しながら昇華していくというイメージでしょうか。誰かが精神的に自分の体を通じて、演奏してくれている。そのときだけは、充実感があるんです。
 
 2002年10月まではコンサートのスケジュールが詰まっているので、それ以降はコンサートをしばらくお休みして、腰を落ち着けて勉強したいんです。コンサートに追われていると本当にじっくりと自分の演奏を見つめることができないので。
 本当に自分が演奏したくて、コンサートに臨んでいるときはいいのですが、演奏したいという気分にならなくなったら、きっとピアノを辞めてしまうだろうと思うんです。そうなる前に練習を、と思っています。ピアノから離れるということではなくて、自分のために練習を続けることが、私にとって一番幸せな時間なんです。
 
さとう みか,
1974年大阪府交野市生まれ、福岡市中央区在住。桐朋女子高等学校音楽科、同大学を経て、1994年フランス国立パリ音楽院に留学。1998年チャイコフスキー国際コンクール本選出場。2000年ショパン国際コンクールで6位入賞。2002年4月10日(水)、福岡銀行本店大ホールでソロ・リサイタル公演を開催。(問い合わせ/Tel.092-414-8306 福岡音楽文化協会)
 
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