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大規模な「近代公園」が本格的に整備され始めたのは、19世紀半ば、ヨーロッパにおいてである。王侯貴族の庭園や城壁の跡地などが市民に開放され整備が進んだ。
ロンドンでもハイドパークなどは19世紀初頭すでに市民に開放、パリ・ブローニュの森も、公園整備を図り、1858年までにほぼ現在の姿になった。
ヨーロッパの公園は、都市計画の重要な要素であるとともに「都市住民のための健康の場」という役割も大きかった。かつてヨーロッパ各都市ではペスト、コレラが流行したが、公衆衛生面からも緑地は汚染大気を浄化するための所、と見ていたようだ。 |
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イギリスの近代公園を世界に広くアピールしたのが、1851年ハイドパークで開催された世界初の万国博覧会だ。この時代海外渡航した日本人なら、近代的な欧米の公園を目の当たりにして大いに刺激を受けたことだろう。それを裏付けるかのように、1873年には早くも公園整備のための「太政官布告」が出た。東京では浅草、芝、上野など、大阪では住吉、四天王寺など、そのほか奈良、京都、長崎などに、布達を機に公園が設置された。
管理困難となった広大な寺社の敷地や大名屋敷跡などが公園化されたほか、横浜など居留地の外国人の要求で、遊歩道や公園が設けられたところもあった。関東大震災後には、防災の観点から大規模公園だけでなく各地に小公園なども整備。戦時色が濃くなる1940年以降は防空緑地が増えた。戦後昭和31年、ようやく本格的な「都市公園法」が制定された。 |
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| 現在の大濠公園 |
福岡市における近代公園は、東松原公園(現東公園)と荒津山公園(現西公園)から始まる。東松原公園は1876年、(同77年の説有り)、荒津山公園は1881年に開設された。興味深いのは、開設早々に、東松原が博多全町、荒津山が福岡全町と西新町を維持区域とし、公園維持団体を設立していることだ。公園の維持管理は住民に負うところが大きかったようだ。
大濠公園は、昭和2年に開催された博覧会に合わせ、福岡城の大堀の一部を埋め立てたのが原型。なお東公園、西公園、大濠公園ともに戦前から福岡の名所であり、観光絵葉書にもたびたび登場してきた。市民の憩いの場は、21世紀の今も変わらないようだ。 |
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『公園』展
2001年12月18日(火)〜2002年2月24日(日)
部門別展示室1 (歴史展示室)
入場料 (常設展示) : 一般 200円 高・大生 150円 |
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