財団機関誌 季刊 wa
[特集]福岡文学の新しい地平
 
 
 文学というジャンルは、広義には神話、伝承、昔話、自伝、自分史、噂話など、さまざまなスタイルの〈物語〉の総称ということができます。人びとは、〈物語〉を語り、聞き、読み、書くことで、心を揺り動かし、自分を見つめ直し、世界の時間と空間の広がりをまのあたりに感じつつ、今ここに生きている自分の人生や社会を豊かにしてきました。
 人間はさまざまな〈物語〉のなかを生きています。たとえば元寇防塁にはただの石垣にすぎません。けれども、その石垣が数百年前の「元寇」という歴史上の物語を伝えてくれる。だから、わくわくする。ただの石垣にすぎない石垣に、壮大な物語を与えたのは人間の「物語る力」=「文学」です。
 ただし、これらの〈物語〉は今日では映画やテレビや雑誌などのマス・メディアによって一極集中的に発信され、日本全体が均質的に支配されています。これは自前の〈物語〉を創造する力の不足です。いいかえると文学の力の不足です。いま要請されているのは文学の力の活性化です。
 
 私の関心は、自分(たち)が住んでいる場所にどんなわくわくするような光景を立ち上げることができるかという一点につきます。マスメディアの均質な物語で覆われている日常を、どうやったらスリリングで豊かにすることができるか。そのためには、どんな個性的な〈物語〉を手にいれたらいいか。これからの文学館は、そこに大きな鍵があるのでないでしょうか。
 マスメディアが描く〈物語〉ではなく、自分たちの〈物語〉を自分たちの手によって創造し、そうすることで自前の自画像を描いていかなきゃならない。
 文学館だって同じことです。もっと自分中心的な視点を奪回してくる必要がある。「全国的に有名な作家」だけが目玉ではありません。ちっとも有名じゃないけれど、ごく少数の地元の読者の心に深くしみいる作品を残した作家たちも貴重です。元気のいい国や都市は、そろって自前の情報を収集蓄積し、そして発信しています。現代社会は情報の力が最大の武器です。だから、「ふくおか文学館」は、自前の情報を収集蓄積し、世界に向けて発信する情報センターとしての機能をそなえることが必要です。
 
 そうです。これまでの各地の文学館は、ふるさとの偉大な文学者をたたえ、その作家や作品についてパネルで展示しているといったものが大半です。過去の文化財を収集・展示することも必要ですが、一方では将来に向けて文化財を新たに創造し、蓄積していくという機能があってもいいのではないかと思います。
 従来型の文学館では、貴重な文化財を市民に向けて展観するというスタイルですが、これはぜひ逆転させてみたい。「ふくおか文学館」では、市民が文化財を持ち寄り、みんなで文化財を創り出す。
 文学館に市民が集まってきたときに、さまざまなデータベースを閲覧でき、情報を提供できるのはもちろん、文学館の学芸員が訪れた人々の〈物語〉を聞き、それを蓄積していく。
 文化財とはモノにかぎりません。思い出話でも立派な無形文化財です。これをテープに録音し、データベース化していく。そのためにフットワークのいい学芸員がたくさん欲しい。なぜなら、清新な〈物語〉を収集し、また創出するのは、ひとえにヒトの力によるからです。現代社会はパソコンがあるし、インターネットも活用できる。徹底した情報型の広角度〈物語〉文学館、これが私の構想する新しい文学館です。あるいは「物語館」と言ったほうがいいかもしれません。
 
はなだとしのり
九州大学大学院比較社会文化研究院教授。研究分野は、坂口安吾・太宰治を中心とする昭和文学、国家言語と方言、九州・沖縄エリアの近現代文学。論文「単一性への志向―太宰治とボードレール」(「太宰治研究」第七号)など。本年度、福岡市分化賞を受賞。
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